雨音がする…シャラシャラと窓を叩く。このところずっと雨が続いている。
「雨は…キライだ」
シオンは呟く。部屋には明りが点っていない。蒼ざめた暗い部屋でベッドの上に転がったままどれくらい時間が過ぎたのか。もう3日も眠れない状態が続いている。それでも、授業がある間は耐えられた。休日になって、予定があれば良いのだが、こういう時に限って何の予定も入っていない。
どうせ部屋に居ても気が滅入るだけだと、場所を移した。シオンは《エンブレム》Q専用の寮、通称『白百合寮』に向かった。
Q専用寮はコの字型の3階建てで外壁はクリーム色、白木でできている。繋ぎになっている部分は1階が談話室、2階がテラスになっている。東棟に《クローバー》《スペード》、西棟に《ダイヤ》《ハート》のQが住むのだ。東棟の1階は食堂と厨房、西棟の1階は図書室と大浴場だ。
現在、《クローバー》Qのシャーヤ=ティフィはこの東棟3階の住人だった。部屋で本を読んでいる所だった。窓を叩く音がして、窓辺に近づくと、ガラス越しに見知った顔が映る。
「シオン?どうしたの?」
窓を開けると、ずぶ濡れのシオンが申し訳無さそうに入ってきた。シャーヤはタオルを出してきてシオンに渡す。
「悪ィ…ちょっと、一人で居たくねぇんだわ…」
「着替え…持ってくるわ」
シオンは濡れた身体をざっと拭いた。元々靴は履いてきていない。
「はい、着替え…兄のものだけど、サイズは合うと思うわ」
シャーヤはグリーンのパジャマを持ってきた。
「お茶を淹れて来るから、その間に着替えてね」
シオンは濡れて冷たくなった服を脱いで、真新しいパジャマに着替えた。(おそらく、シャーヤが兄・クライフが泊まりに来た時の為に用意したもの)
侵入したのは寝室。リビングに向かうとキッチンでお茶の用意をしているシャーヤが見えた。観葉植物がたくさん置かれたリビングはゆったりとして落ち着きがあった。
「ハーブ・ティーにしたわ。落ち着けるように」
「ありがと」
ハーブ・ティーを少し飲むと、暗示にかかったみたいに少し心がすっきりした。
「ねぇ、シオン。雨が続くと心が沈むのは解るわ。でも、貴方らしくない。弱気なんて…」
「…ダメなんだ。雨の日は、イヤな夢を見るから…」
「イヤな夢…」
「みっともないけど、未だに覚えてるんだ。俺の所為で母さんが死んだ日の事――」
あれは遠い記憶――なのに、雨はそれを思い出させる。
「どこにいても…雨は俺を追いかけてくる。一人になると俺は雨に捉まってしまう…」
シャーヤはそっとシオンの隣に座ってその肩に頭を預けるようにもたれた。
「今は一人じゃない…そうでしょ?」
触れた部分から伝わる体温。温かいお茶が身体に染み渡るように優しさが満ちてくる。
「そうだな…」
シオンもシャーヤに身体を預けるようにもたれる。
「シオン…重いわよ」
「…じゃあ、こうする」
そのまま身体を傾けて、膝枕をして寝転がる。
「今なら、眠れそうな気がする」
「じゃあ、子守唄を歌ってあげる。貴方の意識から雨音が消えるように」
シャーヤの繊細で美しい歌声がシオンの耳に響く。その歌声は心の琴線に触れながら、優しく染み込んでくる。
(雨が…消えていく。眠りに…落ちる――)
そこは果てしなく広がる草原。
青空と、優しく照らす太陽。
風が爽やかに吹き抜ける。
そんな中に立っている自分。
何かに守られているような、不思議な安心感。
この温かさを自分は知っている。
シオンの寝顔が安らかな表情になったのを見て、シャーヤは微笑む。
「沈んでいる貴方なんて『らしく』ない…でも、そんな時しか貴方は私を頼ったりしない。それは私に心を開いてくれていると思って良いの?」
優しく髪を撫でる。頭を持ち上げ、ソファに置いてあったクッションにそっと乗せてやる。
「私は貴方のQよ。貴方の力になりたいと、本当はいつでも思っているの…だから、雨の日は遠慮なく私を頼ってね…」
ガチャッ、合鍵で難なくドアを開けて部屋に侵入する。手に下げているのはケーキの箱。
「――――●*@#▲※!」
ボトリとケーキの箱を落とす。ケーキがぐちゃっとへしゃげたのは間違いないだろう。視界に入った衝撃映像は、すっかり熟睡したシオンと、その横に寄り添うようにして眠っているシャーヤの姿だった。
「シオン=リューク!」
ハッとして起き上がるシオン。シャーヤも驚いて目を覚ます。
「お兄様…?」
「あ、お兄様。いらしてたんですか?」
シャーヤの兄で《スペード》の教師であるクライフが鬼のような形相で立っていた。
「貴様に兄呼ばわりなどされたくもないわ!私の目を盗んでシャーヤに近付くなど許しがたい行為だ!それも、一緒に寝るだなんて…!」
「いや、寝てたのは寝てたけど、やましいコトはまだしてませんから!」
「まだ、だと?」
「あ、いや…別に」
「これからする予定でもあったと言うような口振りだな…貴様、どうやら死にたいらしいな」
クライフは腰の愛刀の柄に手をかけた。
「いや、だから…!」
「問答無用!そこへ直れ!叩っ斬ってくれるわ!」
抜かれた刃を器用にも間一髪で両手で挟んで受けとめる。真剣白刃取りである。
「お兄様!」
「シャーヤ、こんな男を庇うのか?」
「こんな男って…酷いッスよお兄様」
わざと怒らせるような口調になるシオン。これがクライフの神経を逆撫でると分かっていてやってしまう。
「…とりあえず、この服借りてくな。じゃあ!」
両手で挟んだ刃を上手く捌いて擦り抜けると、シオンは来た時の様に窓からヒラリと飛んで行ってしまった。
「雨が止んでて良かった…また降られたら風邪引いちゃいそうだもんな」
途中、シャーヤの部屋の窓を振り返る。
「雨の日は傍に居てくれ…なんて、都合の良い事、さすがに言えねぇよな…」
だけど、何故か思い浮かんだのは親友のルーエでもなく、シャーヤだった。
「俺、5つも年上なのになぁ…」
無意識に頼ってしまうのは心を開きたいから?それとも――?
これは多分シオンとシャーヤが3年生の時の話です。
雨の日が苦手なシオン。
そんなめずらしく弱気な彼を書きたいなと思ったら、それに絡めるのはシャーヤしか居なかった!
この2人はかなり特別な関係ではあります。
シオンはシャーヤを『俺のQ』と呼ぶし。